真夏の地下の感情の行方(番外・シンガポール編)

滝沢歌舞伎@シンガポール マリーナベイサンズシアターを、初日は大袈裟でなく震えながら見た。

中2階(日生でいうグランドサークル)は尋常でなく寒かった。全部見るから、せっかくだったら全部の階で見たい、とかいう理由でその席にしたような記憶がうっすらあるけれど、寒いだろうなと思うその上をいく寒さだった。

…と記憶しているけれど、見ている自分が緊張のあまり寒気がしていたとか、その程度の話だったのかもしれない。

強くおぼえているのは、初日、滝ちゃんが最初にフライングして飛んだ時、客席がうわっとわいたこと、それを耳にしてりょうちゃんが、やったぁ!みたいな顔して笑った横顔、それから、義経の時にJACさんがマットを引っ張って来たらその動線に思いっきり竹が立っていて、マットでその竹を倒しそうになっていたこと(はしっ、とつかんで、何事もなかったかのように横にどけていた)。

劇場は、5分前ですよーのベルが鳴った後、時間になっても当然のように始まらず、時間から軽く5分以上経過したところで、「はじまるから席についてね!」みたいなアナウンスが流れていて、これ5ベル鳴らす意味なくない!?みたいなノリだし、最後までグッズ売り場は大混乱だったし(初日はロビー内に、サンドイッチ売ってるんじゃねぇんだぞ!?みたいなグッズ売り場があって、長蛇の列をつくっていたことはさすがにまずいと思ってくれたらしく、翌日以降はグッズ売り場が変更されて劇場の外にできたことは積極的に褒めたたえたい)(パンフの在庫数および予告なしのDVD発売についてはツッコミを入れ続けたい)。

90分くらいという噂だったように思うのだが、実際は軽く2時間を超えており、ぎゅっと詰まった内容はとても満足で、ふわふわと初日が終わった。

シンガポールキッズとやらもひたすらに可愛く、地元の歌を地元の人たちがとても喜んでくれているのがわかったので、よかったねぇぇぇ、という初日ではあったと思う。

確か、初日の翌日だった。私の隣に、いかにも現地のOL風な2人連れが座った。開演前、とてもとても早口の英語で、多分上司の悪口と思わしきものを延々としゃべり続けている。服装も持っているものも、OL以外の何者でもなく、どっからどう見ても地元の人だった。誰を見に来たのだろう、エンタメが好きな人なのかなぁ、みたいにぼんやり思っていたら。

その2人連れは、猛烈な大河担だった。猛烈だった。最後の紹介の時の絶叫がすごかった。

エンタメが好きな人なのかなぁ、どころの騒ぎではない。申し訳なかった、と、よくわからないけど内心であやまった。

その数日後、やっぱり同じようなシチュエーションで、今度は猛烈なMAD担に出くわした。こたか池たんか、どっちが好きなのかは結局はっきりしなかったけど、やっぱり最後の紹介の時の絶叫がすごかった。

世界ってつながってるんだな…地球って丸い…アジアは近い…とか、よくわからないことを考えた。

新橋で見た時よりも、お七の英語のパートがずっと芝居っぽいものになっていて、池たんがお七のパートを演っていたのがとてもとても優しい声音で、あ~この現地のMAD担の人に見てもらえてよかったなーと、そんなふうに思ったことをちょっとだけおぼえている。

あと、やっぱりフルネームがいいよ紹介は、ねぇ滝ちゃんもそう思うでしょ!?みたいなことを考えた。後日の雑誌で稲葉くんが、名前を呼ばれるとここにいてもいいと思える、とコメントしていた。

ここにいてほしいよ、と。いてくれたらうれしいよ、と。届かなくても、唱え続けるくらいしかできないけど。まるで、おまじないの呪文のように。

鼠のとこのアクロが増えていたり、義経のセットがスロープじゃなくて階段になっていたり、しかも見る限りめっちゃ滑りやすかったり、テクニカルな面で大変そうだなっていう状況は見てとれて、そういうなかでみんな、安全第一!みたいな、アクロひとつずつをすごく丁寧にやってるなー、みたいな印象だった。

鼠のとこで追加になった肩のぼりみたいなやつ(どんなやつやねん)は、池たんの肩の上にのっかるさくちゃんが、どっからどう見ても生まれたての小鹿状態でプルプル震えていて、あ、あれ、さくちゃんこういうの苦手なの…?って、申し訳ないけどすごいかわいくて。初日の次の日にさくちゃんが豪快に落ちちゃった時、さくちゃんはすごいびっくりした顔をしてて(転んだとかじゃないけど落ち方が豪快だった)、池たんは「…ですよね!?」みたいなわりと落ち着いた顔をしていて、いやいやいやさくちゃん、むしろ昨日の初日成功したのが奇跡では!?って、ほんとに申し訳ないのだがちょっとおもしろかった。

池たんさくちゃんチームはもう1回失敗した時があって、やっぱりさくちゃん小鹿なんだ…人間になってから日が浅いんだ…とか思った。ここは岩ふかチームも1回豪快にふっかが落ちたことがあって、この時は双方すっごい険しい顔で、何かに追われてるような素振りをしつつ待機姿勢に持っていってて、し、芝居心がすぎる、かっこよすぎる、と思って、申し訳ないけどやっぱりおもしろかった。

同じ場面、のぶきりょうちゃんチームは安定しすぎていて、どうやってバランスとってんのかまったく意味不明だった。一瞬で肩の上に立ってるし。なんだろう。りょうちゃん人間じゃないんじゃないか。それはそれでおもしろかった。

なんか、環境が違うせいか、ずっと、おもしろい、っていう感情があったかもしれない。出会うことのなにもかもが。

確か最終日だったと思う。客席に、彼女に連れてこられた現地の若いお兄さんがいた。彼女は多分何回か見ている感じ。ものすごくうっとりしてみている。若いお兄さんはおとなしく座っている。そのお兄さんが、うっとりしている彼女に対して、とてもあきれたように、これはなんだ?みたいに問いかけて、彼女に無言でうるせぇみたいな顔をされている瞬間を目撃した。その演目は、腹筋太鼓。そ、そいうだよねお兄さん、一体これ何してんだ?って話だよね、これ腹筋する必要どこにあんの!?って話だよね!?今でこそこっちも腹筋太鼓に慣れちゃってるけど、最初はやっぱ、な、何してんだ!?って思うもんだよね…。ごめんね…おもしろくて…でも本気だから許してあげて…。

その、最終日。肩のぼりも腹筋太鼓も刀投げも全クリアして迎えたフィナーレ。

飛んでいく滝ちゃんの後ろで、ふみきゅんが突然泣いていた。

突然、というのは、私がずっと見ていなかったからで、目に入った時にはすでに泣いていた。目が真っ赤だった。万感、という雰囲気だった。

最初の方で北さんとふみきゅんがちょっとだけシンメで踊るところがあって、そこの気合いが毎回毎回すごかった。本当にちょっとした場面なのだが、北さんとふみきゅんにとって、この場がとてもとてもとても特別なのだと、その姿勢と表情が物語っていた。

ふみきゅんの涙の向こうの万感。

もう、こんなことないんだな。

こんなふうに、この人たちで、海の向こうで、シンガポールまできちゃって、滝沢歌舞伎やるなんて。

もう、こんなことないんだな。

どこかで海外公演はするかもしれないけど、それはもう今この瞬間じゃない。

ふみきゅんの万感が伝染して、泣くつもりは全然なかったのに、ちょっと、泣かされた。

ふみきゅんだって、これが最後と思って滝ちゃんと舞台やってたわけじゃないんだもんな。たまたま、今回、こんな機会が降ってきただけで。

これが最後、なんて、もしかしたら、私たちはおろか、本人たちにも、本人にも、わからないのかもしれない。

最後の幕が閉まってからも、客席は総立ちのままだった。コンサートかな?ってくらい盛り上がっていた。その様子を、客席の現地の人がはりきって携帯の動画におさめていた。こんな盛り上がってる渦中に私たちいるのよ!みたいな、自撮り。

その渦中に君がいたことを、忘れたくない。

願わくば。