君が泣くとき、彼の手の行方

グループ活動がしたいんだ、と、泣きながら切々と決意表明されたのは、今年4月のことだった。

グループ活動がしたい。同じ気持ちでいてくれる仲間もいる。そんなふうに泣きながら切々と訴えかけられて、その最中に山本はひとりごとのように、いつもならとなりにいてくれるのに、と口にした。

それは江田のことだ、と。その場にいた全員が思っただろう、多分。

私自身もそれは思った。決意表明を聞きながら、これは江田のことだと思った。

しかし。

君が泣くとき、彼はいつも隣にいたわけじゃなかった。

否、彼は隣にいることを、避けているように私には見えていた。

実際に、君が泣くとき、彼がリアクションを起こしたのは、私の記憶にある限りでは2回に限られる。

3人で一緒にいた頃の話だ。大抵、山本は真ん中にいて、江田は向かって右側にいた。

真ん中にいる君はいつも泣く。いつも泣く君を正面から手をのばしてなぐさめるのは、向かって左側にいた彼だった。泣きながら必死であいさつの言葉を絞り出した君のことを、「よく言った!」って飛んできて、ぎゅっとしてくれたこともある。

向かって右側にいた彼は、一度、背中をぽんと叩いたきり、「よく言った!」って飛んできた左側の彼を、泣き続けている真ん中の君を、少し微笑んで見つめているだけだった。

真ん中の君はとにかくよく泣いた。クリエの初日に泣き出すのは恒例だった。

一度、初日のMCの最中に突然泣き出したことがある。「(ここまで)よかったでしょう!?」と叫んで、よかったよ、と客席が大きく拍手したことにぐっときてしまったらしい。

突然泣き出した君は、「ハグして!」とわがままを言って、左側の彼と、右側の彼が、素直に寄ってきてぎゅっとしてくれた。

「となりにいてくれた」と、私が認識しているのは、その2回だけだ。

彼はどちらかといえば、泣き出す君と、それをなぐさめるほかのだれかを、微笑んで見守っている時間の方が長かった。

グループの人数が変化してからは、およそ彼が「隣にいた」ことは皆無だったと言っていい。いつものように泣き出す君の隣にいるのは、いつも違う人だった。

決して飛んではいかないし、表立ってフォローはしない、むしろ見ないであげているのかもしれないな、と、私自身はそんなふうに解釈していたような気がする。

それは、今、振り返ってみて初めて思うことだ。

そして。

月日が一度止まったあとで。

コンサートをやりたい、と。

コンサートをやりたい、だからコンサートをやろう、と。

そう決めてようやく幕をあけたその時に、君が泣くのは織り込み済みで。

でも。

しゃべれないほど泣いたのは、それこそ、3人でいたころの、左側にいた彼が近くからいなくなる、と、そう決まってしまった時が多分最後。

それからは、君はそこまで号泣することはなくなって、涙をこらえながらしゃべれるようにもなっていて。

だから、4月も。ひとりだったけど、泣きながらでも、伝えたいことを、しゃべれるようになっていて。

それなのに。

なんとかしゃべった後で、君は泣いて、しゃがみこんでしまった。

しゃがみこんでしまって、立ち上がって、となりの人に背を向けながら必死で歌っていたその肩を。

今はとなりにただひとり立っている彼の手が、その肩を、なだめるようにその手で触れた。

彼のその手は最後まで、君の肩から離れなかった。

「りょうちゃんは初日にぜーーったい泣くんだよ!」

翌日のMCで、うれしそうに彼は言った。

もしかしたら。

…もしかしたら。

飛んではこなかったあの時も。隣にはいなかったあの時も。

本当は、彼の手はずっと、君の肩の上にあったのかもしれない。

多分、そのことを君だけが知っていて、だから、

いつもとなりにいてくれたのに、

と、言ったのだ。

私には見えないその手の感触が、君にはたしかに伝わっているのだろう。

今、ふたりで一緒にやる理由がもしあるのだとしたら、きっとそういうことなんじゃないんだろうか。

君が泣くとき、私が見失う彼の手の行方は、いつも君のその肩の上にあったのだ。

君だけがそれを知っていて、君だけがそれをわかっている。

きっと、そういうことだったのだと思う。

そう、「うれしかった」と、彼は言った。

君が、一緒にやりたい、と、彼に声をかけたことを。

彼本人は、うれしかった、と表現した。

2本しかない腕を四方八方に伸ばして、全員を助けたいって思ってしまう君が。

すぐに仲間をつくって、泣いたときにはいつもその中の誰かがとなりにいてくれるような君が。

彼だけに声をかけたことの重さを、彼本人以上には到底理解できないだろう。

ずっと、も、永遠、も、絶対にありえない。この先に舗装された道はない。槍も矢もきっとたくさん降ってくる。そこを逃げ切れるかどうかはわからない。かばってくれる盾もない。

そうわかっているその誘いを、「うれしかった」と彼は言うのだ。

それはきっと、届いていた、ということじゃないんだろうか。

君が泣くとき、物理的には届かなかった彼の手の行方が、きちんと君の肩の上にあったことを、それが届いていた、ということじゃないんだろうか。

ずっとそれは届いていて、ずっとそれをわかっていた。

君が泣くとき、彼の手の行方を。